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どのくらい上ったのだろう。もう何時間も上り続けたような気がする。そもそも、この世界に時間は存在するのだろうか。何時間もだなんて考えること自体が間違っているのかもしれない。それでもやっぱり、かなり長い時間、歩いているのは間違いない。
《……あれ?》
さっきより、時計の音が大きくなっているような気がして、ボクは立ち止まって辺りを見回した。時計に近づいているということだろうか。
《誰かいるの?》
ふと、誰もいないはずなのに誰かの気配を感じて、息を殺して身構えた。時計の音がボクの耳を支配する。
やはり誰もいない。でも、本当に気のせいなのだろうか。靄がすべてを覆っているから気づかないだけで、実はボクの他にも誰かいるのかもしれない。この靄が吹き飛ばされれば、もっとよく見えるのに。
突然、ボクの背後から爽やかな風がひゅうと吹き、たちこめていた靄を一気に吹き飛ばした。
《また別の階段?》
さっきまで無かった別の階段が靄が晴れると同時にボクの前に姿を現した。これまでと違ってコンクリートでできているように見える。その階段に興味を持ったボクは、落ちないように気をつけながら飛び移った。
爪先で階段を叩き、その材質を確かめる。コンコンと乾いた音と足に伝わる感触、そしてこの独特なちょっとだけ鼻を刺激するにおい。思った通りコンクリートでできているようだ。それに傷や欠けたところが見当たらないから、この階段はできて間もないのだろう。
木の階段のような、包み込むような温かさはないけれど、今にも崩れそうな錆ついた階段と違って、しっかりした安定感と安心感がある。
何より目眩がなくなった。
ボクは、この階段を上ってみることにした。
▤ ▥ ▦ ▧ ▤ ▥ ▦ ▧ ▤ ▥ ▦ ▧ ▤ ▥ ▦ ▧ ▤
冷たくて無機質な階段にタンタンタンと響くスニーカーの軽い音が心地よい。
声は吸われてしまうのに、こういう音は消えないらしい。
この世界では、声とそれ以外の音は、きっと何かが違うのだろう。
それでも、自分が発する音が聞こえるというのは、どこか救われるような思いがする。
自分はちゃんとここに存在していると、自分の足音が教えてくれるから。
明るい足音と、だんだん大きくなる時計の秒針音を聞きながら、ボクは、階段を順調に上り続けた。
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