第一話 もう一人の君へ

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玄関に入るとオレの視界に光が広がった。 「さぁ、上がって」 依然として下を向いたままでいると、声が聞こえた。 「あっ、はい。おじゃまします」 「違うわよ」 「はい?」 言われた言葉に対してオレは顔を上げる。目の前には綺麗な女性が少し怒ったような表情をしていた。 容姿を説明すると、まず一番に目に入るのが赤渕の眼鏡。そして均整のとれた顔立ちに茶色の長い髪だ。 総じてとても綺麗。いわゆる芸能人でもおかしくない容姿だ。 「ここは、今度から……いや今からあなたの家同然よ。だから"おじゃまします"なんて他人行儀な挨拶はなし。………そうね。言うなれば"ただいま"かしら。はい。せーの」 ビシッと指を指され注意をされた。そして、最後は笑顔で優しく諭される。 「どうしたの?ほら、せーの」 そう考えていると、不思議な顔をされてもう一度催促される。 「………ただいま」 催促されるがままオレはその言葉を口にした。 「よし!!少し元気は足りないけど及第点ね!!私は柊 暦(ヒイラギ コヨミ)よろしくね」 柊……暦さんはニコッと笑い、こちらに手を出してきた。 「はい。よろしくお願いします。柊 暦……さん」 そう言いながら手を出すと、オレの手は暦さんの手によって弾かれた。 「…………?」 オレが弾かれた手を見ながら首を傾げると暦さんはその弾いた手の人差し指を立てた。 「しょうがない人ですね春君は。敬語は禁止ですよ。あと、私の事はママでもお母様でもお母さんでいいわよ」 そう言いながら人差し指を振った。 どうやら敬語と暦さんの呼び方が気に食わないらしい。 「それじゃ母さ……」 「もしくはハニーでもいいわよ」 「"母さん"と呼ばせていただきます」 "母さん"という部分を強調させて言うオレ。 すると暦さ……母さんは見るからに頬を膨らませた。 「ぶー。……まぁいいです。とにかく上がってくださいな。はい」 再び手を出してくる母さん。 「分かったよ。母さん」 オレは差し出された母さんの手を次はギュッと握った。
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