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「俺だ」
何時も通りの声を出したが、何やら随分と冷たいものになったが仕方あるまい。
「おい、ソイル。母さんから頼まれた買い物はまだすんでないのか?母さんが怒ってるぞ」
懐かしい、本当に懐かしい我が親父殿の怒ったような困った声が携帯越しに聞こえてきた。これもまた夢だというなら、良いだろう。懐かしきこの夢、せめて目が覚めるまで・・・・見ていたい。
「わりぃ。まだだわ。何買ってくるんだったっけ?」
「牛乳と食パンだろ。後はーーーー」
そうして俺はあきれ果てながら俺に買い物のリストをもう一度言い渡す親父の声を聴き、ここから近いスーパーへと俺は走り出した。
「すまん、今戻ったよ。親父、母さん」
「おっそいよ!何やってたんだい!?」
懐かしき我が家への扉を開けた瞬間、飛んできたこれまた聞くのも懐かしい母親の怒鳴り声。「許してくれよ。途中で眠くなって昼寝してたんだ」と誤魔化し買い物して来た物をそれぞれ冷蔵庫や棚の中に収めていく。
「全く・・・心配するんだからせめて連絡は入れなさいよ?」
「ああ、覚えてたらな」
母親の小言を家では散々叩いていた何時も通りの軽口を叩き、手洗いうがいを終えた俺は懐かしき自室へと踏み込み・・・・
「懐かしいな、戦時前の俺の部屋のままじゃないか」
自然とそんな独り言が零れた。ああ、この我が家の落ち着く雰囲気。母親の五月蠅くもありがたい気配り。親父の厳格ながら温かな愛情。どうして忘れることができようか?否、例え死んだとしても俺はこの両親を最後まで、俺でなくなる最後まで覚えているだろう。それほどにこの家族を愛している。この我が家を好いている。
「どうして夢と言えようか。このように久方ぶりの温かな我が家、たとえ夢だとしてもここまでのリアリティ(現実味)が出せるか?答えは否であろう・・・・そうか・・・・帰って来たんだな・・・・・俺は・・・・・・・」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、ふと込み上げる悲しさが、嬉しさが、悔しさが、何とも言えぬ感動が俺の胸を振るわせる。声など出さず、歯を食いしばり静かに泣く。どれだけこの日を待ち望んだか。涙を零しながら肩を震わせ、死んだ戦友達やみんなの死に顔を思い出す。
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