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流しと壁の間には流し台の高さと同じ所に浅い水路が設けられており、隙間をあけたその上に水きりの構造をした棚が備えられている。
棚には水がしたたる小皿や瓶、木のパレットなどが置かれ、彼は筆を洗い終えるとそこに置いて次の洗い物へと取りかかった。
彼がいるその部屋は広い三和土(たたき)の土間の空間で、白い石壁を埋めるように棚や水場が置かれている。
それ以外は外へ繋がる扉が一か所と倉庫へ繋がる扉が一か所、三和土――アトリエを区切る高めの屋敷部分は障子が閉められ、その脇に階段を要した廊下がある。
部屋の中央にはイーゼルが支える絵が一枚。
水道の正面に屋敷があり、屋敷から見て右の壁に出入り口、左に三和土から上がる廊下と、それをはさんで壁側に倉庫があった。
かたりと屋敷の障子戸がわずかに音を立てて開いた。
猫の頭一つぶんほど開いたそこから、三本の尻尾をまばらに揺らした黒猫が顔を出す。
頭と首を使って、障子戸のあきを広げると、三和土にすたんと降り立つ。
首輪とでも言えるかのような、それにしては無粋な、注連縄(しめなわ)が首に巻かれている。
「赤月、客が来てるよ」
凛とした声が猫の口から紡がれる。優雅さとゆとりを含んだ黒猫の声に、小皿を水につけて蛇口を閉め赤月と呼ばれた彼が振り返る。
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