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★★★
一晩以上かかる道のりを歩いていると、ついに楽陽の目の前に、目的地の町を囲う、高い外郭が見えた。
二人の衛兵が立つ町の門を通り抜けると、沢山の人々の汗の匂いが、むっとする塊となって楽陽を出迎えた。木々や葉っぱの爽やかな香りも、どうやらこの町までは届かないようだ。
しかし、彼にとってこの匂いは、むしろ好きな匂いだった。
山麓の町――茎関(ケイカン)。山々に囲まれた盆地に形成された町で、周囲の村からの納品が一挙に集まる、北部最大の商業都市である。
楼閣が見下ろす通りを歩きながら、楽陽はとある建物の前で荷車を止めた。色とりどりの織物が並び、看板には『丁衣店』と書かれている。
奥に向かって一声掛けると、中から誰かがやって来た。乱れ一つ無い着物を纏った、いかにも店主らしい中年の男性だ。男は楽陽に気が付くと、驚いた様子で近付いて来る。
「やあ、丁淵(ていえん)さん」
「おう。これは、楽陽じゃないか。いつもより早いな。次は、楽平(がくへい)が来る番じゃ無かったのかい?」
嫌いな兄の名が出て来たので、楽陽は思わず苦笑した。
「いや、実はいろいろあってさ。訳あって、代わりに俺が来てやったのさ」
楽陽の様子に、丁淵も察したのだろうか。ばつが悪くなり、はげ上がった頭の後ろを軽く掻く。
「そうかそうか。それはさぞかし大変だったな。まあ、とりあえずやろうか。早く済まそうや」
そして、楽陽に幌をめくらせるよう指示した。
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