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上機嫌に跳ねた声。重なる軽やかな笑みが、敗北を知らしめる。けれど、
「あのね、カフェオレ、楽しみにしてる」
急に、ぐっと柔らかくなったことばが耳を打った。かすれて消えそうなのに強い響き。
太陽が、ゆるやかに傾いでいく。
「ほんとうだから、ね」
薬缶の火を止めたところで彼女を振り返ってみたけれど、作業を続けるように促されただけで、笑顔の向こうに真意は消えた。
取っ手の暑さに耐え切れず、追及を諦めて、フィルターにかからないよう細めの湯を回しがけていく。
ここが正念場だ。珈琲が美味しくなるか、否か。
薬缶の口から盛りあがった粉へ。湯の糸が伝うわずかな距離だけに意識を集中すると、周りの雑音が消える。
閉ざされたキッチンの中を、湯の落ちる音と、ほの暗い輝きだけが満たして行く。
サーバーの中で時を刻む水滴と、まばゆいのに影をはらんだ光、目に映るのも、それだけ。
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