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「私はね、珈琲の香りで、いつもあなたを思い出すのよ」
あまい声が優しく言った。セピア色の記憶。香ばしい湯気がふわりと鼻先をかすめる。
「私が普段、飲まないからかしらね」
ゆっくりと作業を進めながら、頭の中に響く心地よい声を聴く。ひとりごとのように語る、遠い声。
「珈琲は苦いから、あんまり好きじゃないけれど」
ぽとり、ぽとり、雫が落ちる。透き通った黒い波を揺るがして。
「でも、香りは好きなの」
どうしてかしらね、と言った。
彼女のことばが、それ以上はもう、ただ辛くなって、口の端を無理やり持ち上げてみる。
ああ、そうか。
ふいに気づく。だから、幼馴染はいつも苦笑が絶えないのだろう。無理に作ったみたいな笑みで、いつも押し隠すのだろう。
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