シュレディンガーの女

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自宅に帰る。妻の姿は見当たらなかった。川島はエアコンをつけるとそのままベランダに向かった。隣人はいないようで、呼びかけても反応が無かった。落胆して煙草に火を点けた。一本吸い終わり、二本目に火を点けようとした時、隣の窓が音をたてて開いた。 「ラークさーん、いますかー?」   川島は火を点ける動作を中断して慌てて答えた。   「あ、はい、いますよ。こんばんは、ピースさん」   「こんばんは、ラークさん。いやあ、良かった。今日はなかなか来ないから、会えないかと思いましたよ」   隣人もこの時間を楽しみにしてくれていたかと思い、川島の頬が緩む。   「早速だけど、ラークさんはさ、小遣いとかもらってる?」   「ええ、一日の小遣いは100円玉数枚で事足りてしまいますけど」   「そっか、どこもそんなもんなんだな」   そう隣人が答えるとライターの音と共に小さな光が灯った。   「ええ、この不況はいつまで続くんですかね?煙草の値上げが死活問題ですよ」  苦笑いしながら川島が言う。   「あそこ」   「え?」   「あの外灯の向こうにさ、完成間近で工事が中止しているビルがあったでしょう?」   「ああ、一番大きいビルですね」  「あのビルの工事がまた始まったら不況脱出の合図ですよ」   「ははあ、なるほど。もうずっとあのままだもんなあ。また工事がはじまるなんて想像できませんよ」   「私もここ数年は本当に苦しかったですよ。見入りはあるんだけど、ろくな仕事ができなくてね」   「ピースさんはどういった仕事をしているんです?」   「脚本を書いているんですよ。妻が出て行ってから気持ちが塞いでしまってね。自分でも驚くほど書けなくなった」   「そうだったんですか」
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