シュレディンガーの女

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「ラークさんとこはどう?上手くいってるの?」   「いやあ、僕の稼ぎが少ないもんだから、妻も働きはじめて、肩身が狭いんですよ」   「どうして?今はそんなの普通じゃない」   「妻は絵に描いたような箱入り娘だったし、向こうの親にもあまりいい顔をされなかったから、心配するな。お前に苦労はさせない。必ず幸せにする。なんて言ってしまったんですよ」    「ああ、なるほどね。それはあまり具合がよくないね」   「はは、でしょう」   自嘲気味に川島が答えた。  「私もね、一緒にいる時は、どうでもいいようなくだらない事で癇癪を起こしたりしたんだ。今思うとね。それが急にいなくなるもんだから、火が消えたように静かになってね。寂しくなんかないと何度も自分に言い聞かせたものだ。これは動物的な本能が起こす、ただの電気信号だってね」   「ははあ、それでこないだあんな話を」   「うん。だけど私は妻以外の女にちっとも興味を抱けなくてね。それだと動物的な本能とは矛盾するじゃない?自分の気持ちに説明がつかなくて、無性にイライラするんだ。だからラークさんもね、気をつけた方がいい。一緒にいると中々そこに気付かないからね。罪悪感なんて捨てた方がいい」   川島が黙っていると、隣人が続けて言った。   「まあ、中々難しいとは思うけどね、ラークさんの奥さんは君の前から姿を消したりしていないんだ。君の事をちゃんと思っていると思うよ」   「そうですね。そう思うと気が楽ですね。でも最近うるさいんですよ。靴はきちんと揃えなさい。エアコンは無闇につけない。煙草は部屋で吸わない。箱入り娘だった頃の面影は、もはやない」   「ははは、分かる。ラークさんはね、尻に敷かれるタイプだよ」   「え?そうですかね?」   「そうだよ。分かるよ」  
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