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スーツの袖をめくって時計を見る。まだ十分余裕があった。
その時車の傍を男が通りかかった。
男は川島を無表情に見ると口を開いた。
「妻を探しているんですが、あなた見てませんか?」
感情を感じない平坦な口調だった。
「いや、見てません。すみません、急いでいるもので」
川島は矢継ぎ早にそう言って会釈をすると、歩き始めた。
男が誰かも知らない。誰だか知らない男の妻を川島が知るはずもなかった。
3mも歩かないうちに、背後から男の声がする。
「いい車ですねえ。ところでこの青いシートはなんです?」
川島は振り返って言った。
「ゆうべ、ちょっとぶつけちゃいましてね」
川島の答えに反応するでもなく、男は黙って青いシートを見つめていた。
「恥ずかしいから隠してあるんですよ」
歩きはじめながらそう言う。じろじろ見てくれるなよ、という意味だった。
男は無表情に川島を見返した。
気味の悪い男だ。
そう思いながら川島は駐車場の出口へと向かい、外に出る前にもう一度振り返った。
男はまだそこにいて、腰を屈めてシートをめくっていた。
「くそっ、なんなんだよ、あいつは」
川島が戻りかけたところで、男はゆっくりと立ち上がるとエレベーターの方に向かって歩き出した。
そのまま後ろ姿を見ていると、男はまた緩慢な動作で振り返り川島の目をみつめた。
目が合ったような気がした川島は薄ら寒いものを感じて顔を逸らし、また歩き出した。本当に気味が悪かった。
駅まで歩く途中で何度も看板を見かけた。
通り魔注意!女性の一人歩きが狙われています!
看板にはそう書かれていた。
駐車場で会った気味の悪い男の顔が川島の脳裏に浮かんだ。
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