シュレディンガーの女

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「煙草ないんでしょ?私のを差し上げますよ」  「え、あ」 川島が戸惑っていると、ガサガサと音がした。隣人が煙草を取り出しているのだろう。少しだけ迷ったが素直に隣人の好意を受ける事にした。隣人も自分と同じ趣味を持つ仲間だと考えると親近感が湧いたのだろう。一服しないでベットに入るのも気が進まないし、もう一度地上に降りる気力もなかった。 「行きますよー?」 「すみません、お願いします」 一拍置いて、煙草が数本体に当たって落ちるのが分かった。 「すみません、ありがとう」 川島は礼を言いながら暗闇に落ちた煙草を手探りで探した。 「私、ピースだけどね、構わなかった?」 「あ、はい、何でもいいんです。吸えれば」 川島は地面に落ちた煙草を拾い集めると、一本を口にくわえ残りをラークの空箱にしまった。火をつけて充分な煙を肺にいれるとようやく落ち着くことができた。 「いつも吸ってる銘柄は何?」 「ラークです。ラークマイルド」 川島は隣人の問いに答えながら煙を吐き出す。ベランダに体をあずけ、手すりの向こうにだらしなく両手をぶら下げる。吸えないと諦めた時の煙草はやけにうまかった。肺の煙を全部吐き出すと、川島は言った。
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