シュレディンガーの女

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「失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?恥ずかしながら僕、お隣さんの名前も知らなくて」   「私も同じですよ。壁が厚いから物音も聞こえないしね、住んでいる人がいるのかいないのか、それすら分からなかった。そうだな、私の事はピースと呼んでよ。私もあなたの事をラークと呼ぶことにしよう」   「はは、それ面白いですね。分かりました。明日も同じ時間にまた来るのでその時に煙草お返ししますよ」   「いやいや、どうか気をつかわずに。私にとってここでの一服は大切な時間だし、仲間ができたようで嬉しいよ。ベランダの同士だな。じゃあ、ラークさん。私はこれで失礼しますよ」   「あ、はい。どうもありがとうございました。おかげさまで生き延びました」   「ははは、それは大袈裟だな」   隣人の声が戸を閉める音と同時に消え、再び静寂が訪れる。   川島は短くなった煙草をもう一度だけ吸い込んでから部屋に戻った。   仕事で張り詰めていた後に残るだるさも消え、久しぶりにすっきりとした気分だった。
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