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気付いたら、薄暗い部屋にいた。
見覚えは無い。"僕"なのに、"僕"じゃない感覚。あるのは…憎しみと諦めと悲しみ。身体を這うぬめぬめとした得体の知れない何か。おぞましい物が僕の身体を蹂躙して、その度に負の感情だけが増してゆく。
しかし、"僕"が一番嫌悪していたのは、逆らう事を諦め…傀儡として生きている"僕自身"だった。
そんな僕に、ある日唐突に救いの手が与えられた。闇から伸ばされたその手が、果たして本当に救いの神なのか…闇を生きる悪鬼なのか解らない。でも、"此処"から連れ出してくれるなら何でも良くて。
迷わずその手を掴んだ。
ふと、風景が変わる。
同じ薄明かりなのに、さっきみたいな閉塞感は無い。淡い光の元を辿って視線を上げれば、丸い大きな満月が辺りを照らしていた。
そこは見知らぬ平野で、月明かりに照らされ、一面敷き詰めるように真っ赤な花が咲いている。それは、"僕"が知る唯一の名前の花だった。
辺りを見回す。この花の名前を教えてくれた人がいるから。何も知らなかった"僕"に、多くを与えてくれた人―――…
探せば直ぐに、その人は見付かった。月明かりを受け、神々しいまでに輝き、この花と同じ優しい赤の瞳を持つ人。
その人の唇が動く。でも、やっぱり聞き取れない。
―――何?解らないよ…!
その時、黒く異臭を放つ何かが飛び込んで来て、"僕"とその人との間に入り込んだ。
溶けた皮膚、潰れた左目。それでもニヤリと笑う黒い塊。そいつが視界いっぱいに広がって、胸に灼熱の痛みが走る。
―――"僕"は倒れ、僕の意識は唐突に浮上した。
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