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何の予兆も無く、それは始まった。
水晶に走る亀裂。濃密になる空気。他を圧倒する強力な気配。しかし、それらは永く待ち望んだもので。
紅陽(こうよう)も紅月(べにつき)も懐かしさに胸を震わせ、顔を見合わせた。
「ついに…」
「あぁ、ついに…その時が来たようだな」
「―――えぇ、長かったです」
そう言った紅月の表情が、在りし日を懐かしむように優しく緩む。紅陽が、その肩をそっと抱いた。
「泣いているのか?」
「涙が流せるのなら」
そう言って微笑む紅月。
涙は流せなくても、その心に湧く感情は本物で。二人は水晶を見詰めた。
「宗師殿への連絡は?」
「あの方なら、知らせるまでもなく―――ほら…」
紅月が視線を向ける。それに釣られて紅陽が視線を上げると、一瞬…霧がかったように室内が霞む。そしてその霧はまるで意志があるかのように集まり、やがて人の形を成した。
「宗師殿」
二人の声が重なる。
"ついに…その時が…"
「はい」
「これも全て、貴方のおかげだ」
"言い過ぎだよ、紅陽。私は何も―――。二人こそ…今までよく護り続けてくれたね"
そう言った宗師(そうし)と呼ばれる霊の優しい声こそ、泣いているように震えていた。
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