序ノ唄

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 徐々に亀裂は深まり、ピシピシと乾いた音が鳴る。  そして―――…  ついに、水晶は二つに割れた。  溢れる膨大な力。密になった空気は、息苦しさすら感じさせる。社が建つ山に住む生き物達は、その力を察したのか、一斉にざわついた。 「あぁ……!」  思わず漏らした歓喜の声に、紅月は自ら口を両手で覆った。息を飲み、目を見張り、誰もがその瞬間を待ち望む。  まるで霧が晴れるように、次第に"彼"の姿は鮮明になってゆく。  しなやかな体躯。  今宵の月を写したかのような、流れる金の髪。  瞳を閉じていても分かる、神々しいまでの顔立ち。  縮めた手足を伸ばし、確かめるように力を込める。起き上がった彼に、紅月がすかさず着物を羽織らせた。  顔を上げゆっくりと瞼が開かれれば、赤瑪瑙のような深い色合いの瞳が覗く。始めこそ眩しげに細められた瞳は、直ぐに辺りを捉え…数度瞬きを繰り返した後、はっきりと集まった者達の視線を受け止めた。 「―――久しいのう」  最初に発した声は、少しだけ掠れていた。しかし、とても優しげで…懐かしい声音だった。 .
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