第〇章 初花月

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 俺は人を殺した。といっても、証拠はばらばらに捨ててしまった。  鍵を握るのは、俺と殺された者のみ。  死人に口がなくて本当によかったと今でも思う。お蔭で俺はこうして、今も平穏無事に生きている。  人を殺すのなんて、至極簡単なことだったのだと、やった後に知った。とはいえ、二回もしたいものではない。  あのときだって、やむを得なかったから殺したまでだ。  ――あのとき。青白い頬に、閉じた眼に、乱れた髪に、狂い咲きの桜吹雪が降り懸かるのを、俺は心底美しいと思った。  だが、それだけだ。その後は、閉じこめてしまった後は、ただの死体。  もう二度とあの顔を見ることはない。見たくもない。  もう、やめよう。俺はこの話を蒸し返したくない。一度闇の底に葬り去ったことは、掘り返してはいけないのだ。  もし、無理に蒸し返そうとするやつがいるなら、俺はそいつを殺すのも厭わない。  
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