Episode;Kanon

22/35
前へ
/128ページ
次へ
視点/カノン 「泣いてるの??」 郁斗は泣いていた。 顔を引きつることなく、ただ呆然と涙だけを流して。 彼自身それが不思議だったのだろう、やがて郁斗は小さく笑って私を心配させまいとした。 可哀想に。 何故泣いているのかも分からないなんて。 彼はこの音色を聞いても気付くことは出来ないのだ。 この世界はそう出来ていた。 深い悲しみや絶望ですら、この世界では理解しえない。 終わりに辿り着くそれまでは。 「変だよな……、いきなり来ておいて」 「そうね……」 頬を伝って涙が流れてくる。 その事実を話してから気付く。 おかしな話だ。 自分が奏でている音色に涙を流すだなんて。 これでは郁斗のことを言える立場じゃない。 そう考えると私は意味もなく笑えた。 「なぁ、さっきの曲……もう一度聴かせてくれないか??」 その言葉が限りなく嬉しかった。 彼はこの曲を好きになってくれただろうか。 気に入ってくれただろうか。 彼のために作った、彼が私に教えてくれた形を。 その真相は闇の中。 やがて私は頷いた。 彼が望のであれば従おう。 その時がくるまで。別れを迎えるその時まで。 そう、私の中の時は終わりを迎えようとしているのだから。 何度目かの演奏を終え、やがて私は手のひらでギターの音色を眠らせる。 これでアコースティックギターともお別れ。また出会えればいいけれど。 「カノン、ちょっといいか??」 郁斗が頬を掻きながら、気まずそうに話しかけてくる。 やがて、私が返事をしないと判断したのか、郁斗は独り言のように話始めた。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加