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私は、自分の耳を疑った。
何の話をしているのか理解できない。
あれは本当にトオルなんだろうか?
扉についているガラスはスリガラスになっていて、中にいる人の影は確認できても、顔の判別は出来ない。
私は、この時点で隣に光樹くんがいることをすっかり忘れていた。
怒りなのか、悲しさなのか、訳の分からない感情が駆け巡って、全身がフルフルと震えだす。
瑠奈は、それを抑えるようにして、ギュッと自分の腕をつかんだ。
「っ……悔しい…!」
無意識にぽつりとつぶやく。
悔しい!
あんな噂は信じたくなかったし、信じてもいなかった。
だって、私の前のトオルはいつでも優しかった。
確かに求められた事もあったけど、まだ早いと言ったらすんなり納得してくれた。
それなのに、そんな風に思っていたなんて…
それどころか、私に付き合ってほしいと言った、あの言葉さえ賭けの一環でしかなかったというのか…?
そんなことを平気でやれてしまう人がいるなんてことは、平凡に育ってきた私には、到底理解しえない感情だ。
「樫宮…」
光樹くんの声はすっかり耳には届かなくなっていた。
こんな…
こんな奴らの為に、泣きたくない!
(泣くもんか…泣くもんか…)
そう念じるように、頭の中で何度も同じ言葉を繰り返す。
ギュッと唇を噛んで、涙を必死で噛み殺した。
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