『クーリスマスは今年もやってくるー』

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 ーー悠介sideーー 「…………」  何も変わらない状況。  俺の目の前一m先に佇む人体模型と骨格標本。  背後は壁。しかも教室の隅。  退路は――ほぼ、なし。まさに絶体絶命な状況。  失敗、か。……最悪だ。  俺は心の中でそう呟き、軽く舌打ちする。  それと同時に湧き上がる焦燥感。  ――“転移を使用した作戦”が失敗したのは痛手だった。  とは言え、初めから成功率は高くなかった訳だが。  ……しかし、何もしないよりはまだ幾分か良い。いや、良くないか。  因みに、“転移は吸血鬼のコスプレのオプション的なもの”らしい。  転移とは、Aの地点からBの地点へ瞬間的に移動する事の出来る“移動手段”。  非現実的な事を言うと“魔法”。……ありえねぇ。  で、移動距離はせいぜい十m前後。ま、それでも十分な距離だ。  何故吸血鬼のコスプレに、転移がオプションなのかは分からない。  蝙蝠化しての移動や、リアル吸血行為が出来ないからだろうか?  まぁ、転移も現実的に考えれば十分に不可能な部類――なのだが、葵の猫又化がその考えを曖昧にさせる。 「――っ! ……す、すまん葵。失敗しちまった」  俺は転移への疑問をかなぐり捨て、左側に居るであろう葵に声を掛けた。  ――が。一向に罵声は疎か、返事すら返ってこない。 「葵? どうし――!? あ、葵!? う、嘘だろ!?」  先程まで俺にしがみ付いていた葵の姿が“何処にも見当たらなかった”。  俺はその出来事に驚倒(きょうとう)し、思わず声を荒げる。 「葵! 何処だ! 返事してくれ!」  ……くそっ!  案の定、とでも言うべきか。葵からの返事は返ってこない。  それ故に、俺は更なる焦燥感に苛まれた。  眼前に迫り来る危機。それに加え、忽然(こつぜん)と消えた葵の安否。 「……ちっ! 失敗は失敗でも“最悪な失敗”の方かよ!」  博打当然の転移は失敗。  だが、その失敗は――“葵を何処か別の場所へと転移させてしまう”結果を作ってしまった。  俺は少しずつ後退しながら、転移が“大”失敗した事実に項垂(うなだ)れる。  ……葵――  ――賭けた俺を許してくれ……  人体模型に右腕を掴まれながら、俺は教室の天井を仰いだ――
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