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「……っ」
そうじゃあ、ねぇだろがっ!
「――ぁぁぁああああっ!」
教室に轟く咆哮。それと同時に、右腕に力を込める。
「俺は――」
一度右腕を引き、左足を一歩前へ出す。
「こんなところで――」
それでも、未練がましく俺の右腕を離そうとしない人体模型。
だが、それは俺にとって好都合だった。
「もたついてる暇なんか――」
一度引いた右腕を、今度は左側――骨格標本へと振り切る。
バランスを崩していた人体模型は、為す術もなく、宙を舞う。
「――ねぇんだよっ!」
宙を舞う人体模型が、骨格標本へと激突する。
しかし、勢いはそれだけでは殺しきれず、人体模型は骨格標本と共に、黒板へと激しい音を立ててめり込んだ。
“何か”が砕け、崩れ、飛び散る音と、床へと激しくぶち撒かれる音。
その様々な音が、この教室内で木霊し、徐々にフェードアウトしていく。
「……生憎――」
俺は立ち込める砂煙へと視線を落とす。
そして軽く右腕を小さく回し、
「――お前らと遊んでる暇はないんでね」
と、口許を引き吊らせ、冷や汗をダラダラと流しながら言い放った。
……マ、マジか。お、俺って“こんな事”が出来たのか?
危機を打破する事は出来た。だが、何故か素直に喜べない。
寧ろ、自身に――いや、“この力に”戦々恐々としていた。
……そう。人体模型を投げ飛ばし、黒板を、壁を粉砕する力に。
俺は生唾を飲み込み、着ている燕尾服を見据え、何度も念入りに触ってチェックした。
だが――
気になる点はなし、っと。ハ、ハハッ。……マジかよ。
俺は苦笑いを浮かべ、トマトジュースを口に含む。
口内が、トマトジュースで潤う。……潤う?
独特のとろみ、濃厚なトマトの味、リコピン、リコピン。
吸血鬼が血で喉を潤すように、トマトジュースで喉を潤す。
俺、トマトジュースそんなに好きじゃあないけれど。
「……ま、今更考えてもしゃーないか」
「はぁ」と、大きな溜息一つ。幸せ、バイバイ。
左手で頭をガシガシと掻き、教室のドアへと視線を移す。
そして、俺は足早に歩を進めた。
まずは葵を探すのが先――
「――うおっ!?」
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