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一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
体が宙を舞い、重力に従って、白い床へと落ちていく。
頭の中は、当然真っ白だった。
しかし、その真っ白な中に、徐々に生まれていく疑問。
何故、俺は倒れそうに――
「ぐっ! ……いっ、てぇ」
思考の途中で、固い固い床へと激しいハグ。
全身を走る鈍痛は、俺の表情を歪ませるには十分だった。
畜、生……なん、なんだよ。
軽く舌打ちをし、無理にでも上半身を僅かに起こす。
「……あ? これ、“血”か?」
前方数cm先に見える“赤い水溜まり”。
水溜まりの大きさは大して大きくはない。
見た感じ、十cmぐらいの大きさだろう。
とは言え、出血しているのなら悠長な事言っている場合じゃない。
早く止血を――
――んだよ。そう言う事か。……はぁ。
安堵したと言うか、呆れてしまったと言うか。
兎に角、俺は深く、そして長々と息を吐いた。まぁ、溜息とも言えるだろう。
「畜生。“勿体ねぇな”」
そう吐き捨て、“握り潰されたトマトジュースの紙パック”を、無造作に放り投げる。
つまり、前方の赤い水溜まりは、握り潰した紙パックの“中身”。
要するに、“トマト溜まり”だ。紛らわしい。
リコピンたっぷりの水溜まりとか誰得。寧ろ、全国のトマトジュース愛好者が嘆くぞ。
「……なぁ。“お前”何してくれてんの?」
俺は蟀谷に青筋を立て、“左足首を掴む人体模型”へと、怒気を孕んだ視線を向けた。
――っ!
しかし、すぐに視線を向けた事を後悔する事となった。
異様な姿の人体模型。恐らく――いや、確実に俺の所為だろう。
右側頭部は抉れたように欠け、顎は粉々に砕け落ち、顔には無数の亀裂が入っている。
俺の左足首を掴む右腕も同様に、所々欠けており、亀裂も何本か入っていた。
「く、くそっ! は、離――」
「ぁ゙……が……え゙……じ……で……よ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙!」
「っ!?」
腹の中に響き渡るかのような声。
それは男性のような低い声でも、女性のような高い声でもない。
かと言って、中性的な声でもなく、老人のような嗄(しゃが)れた声でもなかった。
……兎に角、この世の者が発するような声とは思えなかった。
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