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爪の垢を取っていた。
特別汚れていたわけではないが、他にする事がなかった。
そろそろ爪を切らないと。
そう思ったが、爪切りがなかったので諦めた。
そういえば爪切りどころか、この部屋には何もない。
はて、此処は何処だったか。
記憶喪失だろうか、自分の事も思い出せない。
部屋は僅か4畳程度の狭い部屋、窓が一つと扉が一つ、そしてベッドがあるだけだ。
しばらくここで生活していたのか、真っ白な部屋に似合わず、ゴミや衣服が散乱している。
窓に近づき外を眺める。
外は薄暗く曇っている。一雨降りそうだ。電柱と電線が多く張り巡らされている。
次は扉に近づく。
ドアノブを捻り、前に押してみる。
動かない。
次は手前に引いてみた。
動かない。
どうやら閉じ込められているらしい。ドアを激しく叩き、怒鳴り散らす。
「ここを開けろ!俺を閉じ込めてどうする気だ!」
しかし返事はない。
誘拐だろうか。しかし、自分自身の事がわからないのでは推測の仕様がない。
自分は富豪か何かなのだろうか、まさか貧乏人をさらうほど馬鹿な犯人なのか。
思考を中断する。扉から声が聞こえた。
「貴方を出すわけにはいきません、貴方は病気なのです」
病気とは記憶喪失の事だろうか、一つわかったとすれば此処は病院だろうという事。
「今朝の朝食は何を食べたか覚えていますか?」
はて、何を食べただろう。覚えていない。というより、知らないという感覚に近かった。
「さっきまでしていた事を覚えていますか?」
はて、何をしていただろうか。
残念ながら全ての質問に答えられなかった。
一つだけわかったとすれば……
はて、何だったか。
何がなんだかさっぱりわからなくなった。
まぁいい、爪の垢でも取ろう。
特別汚れていたわけではないが、他にする事がなかった。
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