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仕事で帰るたび、酒をあおる。妻は脅え、それでも私は手をあげた。息子の泣き叫ぶ声が、今も耳をかすめるよ。
「ご飯の時間ですよー」
看護士さんが持ってきたのは、見るからに味気のない粥。そういえば、鏡で見た私は酷い身体だったな。
骨が浮き出てて、まるでがいこつ。痩せたせいで飛び出たような目が、若干血走っていた。髪はほとんど白く染まり、密度の低さから頭皮が窺えた。
現実。これには、参ったよ。本当に、参った。
毎日頑張って、仕事一貫でやってきた。最低な憂さ晴らしを家族にしつつ、だ。
結果は末期癌という、最悪のゴールだ。
まだ食べかけだったが、私は匙(さじ)を置いた。食欲なんて、とうに失われていた。
個室は白塗りの壁でどこか薄暗く、壁から今にも死神がすり抜けて出てきそうな気さえした。
そのうち、幻覚にも苛まれだすだろう。目をつむることにすら、恐怖した。
だから、食事の時間に人が来てくれることを喜んだんだ。
そんな日々を送りながら時は過ぎ、あっという間に余命をあと一カ月に迎えた。
その夜のことだ。
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