序章

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…キィン 静かな町の一角で、鉄の交わる音が響いた。 文久二年、じっとりとした空気が纏わりつく季節。 「藤志郎、こんで人斬り家業も終いじゃ。」 一人の青年が、ほくそ笑みながら敵として目の前に立ちはだかる浪士らに、大刀の切っ先を向けた。 「以蔵、わしはまだまだ足りんがじゃ。」 藤志郎と呼ばれる青年は、何やら考えながら不服気に答える。 二人背を合わせ、以蔵も藤志郎も笑みが絶えない。以蔵は以蔵で、面白くないと含む藤志郎に、 「もう決まったがじゃ。武市先生は凄い御方やき。」 言い含めながら、一人斬り。二人斬り。 「以蔵、わしは武市は好かん。どういて好きに生きる事が悪いんじゃ。」 目にも留まらぬ、とはこの事か。 ざっと十人はいただろう浪士らが、声も無く斬り棄てられていく。 「わいと藤志郎やったら一騎当千じゃ。」 以蔵が嬉々として言う。 けれど、藤志郎はそれを良しとしなかった。 「わしにはこれが似合いじゃ。」 と、残りの浪士二人を瞬殺し、わざとその血飛沫を浴び、桜吹雪を舞うようにクルクルと回り遊んで見せた。 その姿は男とは思えない程に美しく、以蔵もその色香にゴクリ。唾を飲む。 まるで天孫降臨。神の舞。 「な、何が気に入らんがじゃ。おんしもわしと同じ武市先生と旅をしてきて、ここまで強うなれたがや。」 戸惑いがちの以蔵に、藤志郎はクツクツ。喉を鳴らした。 「勤王党、窮屈じゃ。己の生き方が出来ん。縛られ生きるがは趣味じゃないき。ほれに…」 藤志郎の言い訳が、真に迫ろうとしているのが以蔵には分かっている。 藤志郎の…生きている意味を、以蔵は聞かされた事がある。
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