序章

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その日は下弦の月で、その姿はまるで今にも二人の間を、射抜かんとしているようだった。 否、そう感じるのは藤志郎の意志が固いからだろうか。 「そげに武市が好きじゃったら、おんし一人帰りゃあえいが。」 自分は此処に残る、と。 広い町で昼は賑わい、夜は血の臭いが絶えない¨京の都¨に。 それが似合いだ、と。 「…おんしの生きる目的は変わらんがか…」 以蔵が名残惜しい口振りで言う。 藤志郎の笑みと共に、生温い風が過ぎた。 「出会うた時から、わしは何も変わっとりゃせんち。雑魚ばかり斬らされちょったら、いつまでたってもこのままじゃ。わしは早よう終わらせたいんじゃ。」 藤志郎の生きている意味を知っているからこそ、以蔵は止めたかった。けれどそれは、傲慢なのだろうか。 それを知ってか、藤志郎が淡く微笑む。 「以蔵は優しいき、心配じゃのう。」 言って、以蔵の後ろで束ねただけの髪を指で優しく梳く。 蛙は鳴き始め、生温い風が吹いているのに、以蔵の背中に悪寒が走った。 敵に背を捕られた訳でも無いに関わらず、ただこの美しい青年に、恐怖に近いものを覚えたのだ。 「以蔵、さよならじゃ」 藤志郎の言葉に、以蔵はハッとして振り向くが見えたのは、紫の着流しをゆらりゆらり。たなびかせるその後ろ姿だけであった。
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