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文久三年、巳の月(四月)。
初夏の香りを感じさせる町の一角の路地裏。
「ねえ、お兄さん。」
大小を腰に差し、一見強そうな大男。けれどその姿は既に泥酔しきっているようだ。
「んだあ?お嬢ちゃん。」
振り向けば其処には、顔半分を隠すようにして絹を被り、紫の着流しがより艶めいて見える。
それに見とれていた大男は、甘く見過ぎていた。その帯には白鞘に隠れた大刀。
「その大小、差しているだけでは錆びてしまいますよ。」
まるで自分は布抜けているような口振りに、大男は憤った。
その姿を嘲り、クスリ。笑うように裾を口にあてがうと、更に無理難題をふっかけた。
「その大小、下さいよ。」
刀は武士の象徴、誇り。
それを玩具でもねだるように言う得体の知れない者に、大男は見たまま大きく笑い飛ばした。
「何を言うかと思えば…笑わせる。…殺されたいのか。」
最後の一言は、本気で忠告したつもりだろう。
けれど…
「殺す?やってみてください。」
煽るような言葉に、馬鹿にされていると錯覚した大男が、大刀を抜いた。
それでも嘲り笑う仕草は、何ら変わらない。
もう既に、大男は袋の鼠だ。
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