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「食わず嫌いはよくないよ」
「食う前からまずいと分かってるものは食わないぞ」
岡野は無表情のまま、しれっと母親じみた台詞を吐く。
知るかそんなもん、俺はこの手のジャンルに興味はない。
尻目で眺める程度でちょうどいいのに、それを主軸に据えられるなんてとんでもない。
岡野がどんな意図でこれを俺に差し出してきたのかは伺い知ることができなかった。
ただでさえ表情は変化に乏しいし、声色だって、態度だって、抑揚や起伏といった言葉から縁遠い。
そんなこいつからなんらかの裏を汲めと言われても、難題すぎる。
「わたしのお勧めでも、無理?」
「ああ、いや……そういうんでもないんだが」
食いさがるとは。
岡野らしくもない。
万が一あり得る可能性のひとつに、こいつの兄貴。
俺にとっては部活の先輩にもあたるその人はとにかく楽しいことが大好きで、無駄なエネルギーを惜しげもなく使いきるような人だ。
岡野から話を聞いた先輩が、面白がって俺をからかっている可能性もありえなくはない。
「まあ、騙されたと思って」
岡野は文庫本を突き返すのは許しませんよと言わんばかりに俺の手をぐいと押し戻すと、左手は傘、右手はトートバックをかけなおし、そこから動かすこともなく。
塞いだ両手に返せるわけもない俺は、仕方なくその恋愛小説を自分の鞄にしまいこんだ。
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