■塩田と奈津

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  8時26分。 2人の女性が乗りこんできて、岡野はふいとそちらに動いてしまう。 あれは岡野の大学の友人らしい。 俺との本のやりとりが終わって、彼女達が乗りこんできたら、あとはもう『向こう側』の人間だ。 こうなればもう、俺はこの本を持ち帰るしかなくなった。 いつもならこの時点で読み始めていたけれど、今日ばかりはそうもいかない。 仕方なく、また窓の雨粒をぼんやり眺めることにした。 次の火曜日。 俺は先々週岡野から借りていたミステリー小説と、先週の恋愛小説の2冊を鞄に忍ばせていた。 前者は先週の時点で読了済み。 後者はというと、大変申し訳ないが途中で投げ出してしまった。 俺は小説の中に憧憬など抱いていなかったのだ。 泥臭いサスペンスが好きだから、恋愛も似たように泥臭いものを選んでくれたのかもしれなかったが、これは気が滅入る。 近場で殺人事件が起きて欲しいと祈ったことがないように、こんな恋愛がしてみたいとも思えなかった。 「おはよう」 いつものように控えめな声量で挨拶をしてくる岡野に同じ言葉を返す。 どうだった、という問い。 その瞳には別段興奮やら期待といった色は見えなかったが、感想を向こうから尋ねてくるのは珍しい。 俺はそれに黙って首を振った。  
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