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これはもう仕方ない。
諦めて頷けば、小林先輩は少しだけ間をおいてから口を開いた。
「メアド、教えて」
「……へ?」
拍子抜けというか、何というか。そんなの、お願いじゃなくても普通に教えるのに。
あまりにも欲のないお願いごとに呆気にとられて小林先輩を見上げると、視線が真っ直ぐにわたしを捉えていたから、冗談でもなんでもないんだとわかった。
「えっと、じゃあ赤外線で……」
「ん」
「……先輩」
携帯にお互いの番号とアドレスを登録しながら、ふと思ったことを口にした。
「部活、また見に行ってもいいですか?」
どうしてか、またあの空気の中で、先輩を見たい、そう思った。
小林先輩は、わたしの頭を撫でてからアーモンド型の目を綻ばせてから頷くと、
「じゃあね、ミィ」
優しい声でわたしを見送ってくれた。
『ミィ』と呼ぶ穏やかな声がやけに耳に残る。
いつか本当に落とされてしまう日がきてしまうのだろうか……。
不安と期待が入り交じった溜め息を吐き出すと、エレベーターの狭い空間に溶けて消えた。
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