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各々が少ない荷物を纏めるのなんてあっという間だ。
五分もすれば戸締まり確認も終え、鍵を持つ篤史を最後尾にあまり立て付けの良くない引き戸を出ると、ほんのりと暖かい陽射しとわずかに春の匂いを含んだ風が頬を掠めた。
「忘れもん、ないな?」
「ん」
振り返った篤史に短い返事を返せば、数秒の後に控えめな音を立てて鍵が閉められる。
「鍵、返さんとな」
メンドくさ、と呟いた篤史は本当に面倒くさそうで。
俺が感じていた名残惜しさなんて微塵も持っていないように見える。
まぁ、もともと感情が顔に出るようなヤツじゃないから、内心はどう思っているのかはわからないけど。
「佐渡先輩。わたしが返してきますよ」
言うなり美季は篤史の手から鍵をつまみ上げた。
「は? ちょ、河瀬さん?」
さすがの篤史でも突然のことに驚いたらしい。切れ長の目が珍しく丸くなっている。
かくいう俺も、美季の行動の意図がわからなくて、ただ瞬きを繰り返すばかりで。
「すぐ戻ってきますから、待っててくださいねー!」
俺達の動揺を知る由もない彼女は、にこにこ笑顔で手を振りながら駆けていってしまった。
それを唖然と立ちすくんで見送る俺達。
「……迷子にならんやろな」
「……たぶん」
幼馴染みとふたりきりにさせられて一番に出てきた言葉はそれだった。
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