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校舎の角を曲がり、美季の後ろ姿が見えなくなるとどちらからともなく息が漏れた。
あそこからなら職員室はまっすぐに一本道だ。
正面に見える職員室を見過ごしてあらぬ方向へ行くなんて、いくら方向音痴の美季でもしないだろう。……しないと思いたい。
「河瀬さんにはほんま調子崩されっぱなしやったな」
「篤史でも、そんなこと思うんだな」
篤史らしからぬ困惑を込めた声音に思わず笑い声を上げると、威圧感をたっぷりと含んだ切れ長の目でギロリと睨まれる。
が、それも一瞬のことで、毒気を抜くように軽く息を吐き出したかと思えば、幼馴染みの顔に浮かんだのは苦笑い。
「笑いごとちゃうわ。……まぁ、そんでも、色々助けられた気ぃするわ」
「……うん。確かに、な」
そう。
そうなんだ。
良くも悪くも、今までこうでなければと思い込み固めていたものを乱してくれるのは美季だけだった。
それがどんなに俺の心を軽くしてくれたか。
篤史の心中は篤史にしかわからないものの、さっき美季が曲がった校舎の角を無言で見つめる横顔は、俺と同じ思いなのだろうと感じさせられた。
きっと美季は知らないだろう。
俺達が、こんなにも君に感謝をしていることを。
「せいぜい捨てられんように頑張れよ。ヘタレ彼氏」
「うるせーよ」
ヘタレなんて自覚してるっつーの。
だから俺なりに精一杯頑張ってんだよ。
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