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まるで気付かなかったその動きにシルヴィアだけが気付いた。
「アスター様!」
シルヴィアはとっさにアスターと凶器の間に身を躍らせた。
スローモーションで自分に突き出される短剣を前に目を閉じる。
すると、自分の身体に何かがぶつかってきた。
新たな血のにおいが辺りに漂う。
だが、身体に痛みはない。
何かが自分に覆いかぶさっている重みしか感じず、ゆっくり目を見開く。
すると、そこには顔をゆがませながら、微笑むイオルの顔があった。
「姫っ……。お怪我は?」
倒れそうになるイオルのわき腹には深々と短剣が突き刺さっていた。
あまりのことに呆然とするシルヴィアの耳に取り乱す犯人の悲鳴が木魂する。
「うそ。いや…いや…いやーーー! どうして? なぜなのイオルーーー!」
ミリと同じ外套に身を包んだオルスティアだった。
その美しい白魚のような手をイオルの血で染め、彼女は恐慌状態に陥っていた。
「なぜ? なぜなの? イオル! わたくしはあなたのために! あなたを皇帝にするためにやったのに、なぜ邪魔をするの? イオル!」
泣き叫ぶオルスティアよりさらに大きい声でイオルが彼女の言葉を否定する。
「わたしのためじゃなくご自身のためでしょう!」
イオルの激しい怒りの瞳にオルスティアの顔が引きつる。
「イオル?」
「わたしは、皇帝になりたいと思ったことなど一度もありません! 私が望んだのはただ一つ。シルヴィア姫だけです!」
シルヴィアの身体を守るように抱き、横目で見るイオルの見たことも無い瞳にオルスティアは驚きを隠せないでいた。
「言ったはずです。姫がいれば何も要らない。姫とともにこの国を出て、姫とともに暮らしたいと! アスターを殺したいとも、皇帝になりたいとも願ったことは無い! それを願ったのは、すべてあなただ。わたしのためというが、それはすべてあなたの欲でしかない!」
すべてを賭けて愛してきた息子の反旗に、オルスティアは呆然とする。
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