258人が本棚に入れています
本棚に追加
今の私がイチのふりをしていることはわかっているけど…。
私を見上げたまま、頬に涙を溢していくその子の顔を見ていたら胸が痛くなる。
女の子の手をほどいて、振り返って向き直って、私は彼女の頬にふれて、その涙を指先で拭う。
本当にごめん。
でも、それ、イチに言っていたら、たぶん、無視されてる。
彼女に言ってしまいたいことはあるけど言えない。
まっすぐに、フラれてもまだ好きですと私を見てくる彼女の視線。
私はその頬に軽く唇を押し当てた。
彼女の目は驚きに変わり、赤くなって俯く。
泣き止んだ。
「俺、女嫌いだから。おまえが嫌いっていうわけじゃないし。だから、ごめん」
私はイチのふりをしつつ、彼女を泣かせないように言葉を選ぶ。
もちろんイチがこんな優しいわけないのはわかってる。
わかってるけど…私には無理。
ごめんって、つきあえないって、はっきり言ってあげるのも一つの優しさだ。
イチは…向き合ってもくれないだろう。あれは。
女の子はこくんと頷いて、私は彼女に背を向けて男子更衣室へ。
すごい罪悪感を感じて、溜め息がこぼれる。
更衣室へ入るまでは我慢した。
あの空気は…告白で。
私はなぜか女の子にモテるから、ああいうものを何度か経験させてもらった。
私に同性愛はない。
毎回、断るのも心苦しいものだ。
まさかイチのふりをしているときに、あれを食らうことになるとは。
だってイチ、絶対、思いきり女の子を寄せ付けていないと思う。
「なに溜め息ついてるんだ?イチ。飯行こうぜ、飯…って、おまえ、びっしょびしょ。プールに落ちたのか?マヌケ」
「うるさい。タオル貸してくれ。多少湿っていても許してやる」
「それが借りる態度か?」
なんて言いながらも、イチの席の前の男の子は、私にバスタオルを投げてくれて、ありがたくそれで拭う。
バスタオルは男くさい。
ないよりはマシだけど。
というか、視界に全裸な男が見える。
私はタオルを頭からかぶって髪を拭うふりをして、自分の視界を隠す。
イチになりきるのは簡単だと思っていたのに、なんだか大変だ。
最初のコメントを投稿しよう!