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汗ばむ夏の陽気も、今ではすっかり暗闇に塗り潰されたようで。ひんやりと冷えた風が、酒で火照った肌を撫でるのがなんとも心地良い。
青白い月光が座敷を滑り、中を照らす。わざわざ此方が灯りを用意する必要も無いまでに明るく、それだけでも涼を感じる。
「上様、そろそろ宴へお戻りになった方が宜しいのでは?」
ぱちん、と小気味の良い音が一つ。落ち着いた声に、男が言う。
「酒も宴も、もう飽いた。うぬらの腹の探り合いを眺めておる方が余程面白い」
「これはこれは、恐れ多いですな。それにしても、日海様は本当に手厳しい方だ」
ひっひっ、と独特な笑い声を上げながら、僧の一人が白石で盤を叩く。間髪入れずに日海が黒石を指で挟み、盤上に置く。
「くくっ、この坊主め。虫も殺さぬような顔をして、敵を生殺しのままにしておくとは」
「利弦殿のお手前に翻弄されているのですよ」
「ご冗談を日海様。……いやはや、しかし上様は本当に怖いもの知らずですな。師でもある日海様を、坊主呼ばわりとは」
袖で口元を隠して、利弦がひっひっと笑う。盤上の網目に並ぶ、黒と白の石。碁盤を挟んで、向かい合う日海と利弦。二人の妙技を傍らに見やりながら、そよそよと扇ぐ男。
月明かりに照らされる顔は、公家のような品位と、武家の雄々しさを兼ね備えなんとも見目が良い。背は高く、無駄の無い筋肉がついた逞しくしなやかな身体は男の色香が匂い立つよう。
男は名を、織田上総介信長と言う。
「坊主を坊主と言って何が悪い。のう、日海?」
「さあ、私には何も……おや、これは」
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