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22
翌朝、健二は午前七時半にホテルのレストランで朝食をとると午前八時五十分にチェックアウトしてホテルを出た。
その日健二はいよいよ恐山を目指すことになった。彼は青森駅からローカル線で一時間半揺られて下北まで行き、そこから恐山行きのバスに乗った。四十分間バスに揺られてようやく恐山に到着したのは正午少し前だった。
受付で入場料金を払い『血の池地獄』やら『賽の河原』とかあの世をイメージした場所を見学した。健二は独特の世界に心が洗われる思いがした。
健二は再び出入口まで戻って来ると受付の女性に声をかける。
「いたこはいないんですか?」
「申し訳ございません。いたこがこの場所に集まって来るのは夏の『大祭』と秋の『秋祭』の年二回ぐらいなんです」
受付の女性は申し訳なさそうに言った。
「そうですか。勉強不足でした」
健二は落胆しながらも何気なく近くにある小屋の方に目をやった。
「あそこの小屋には何があるんですか?」
即座に受付の女性に訊く。
「温泉になっております。無料ですからどうぞお入り下さい」
そう言われて健二はその温泉に入ることにした。
男湯の小屋の中を覗くと十数人位入れそうな広さの木造の湯船があった。幸いにも健二以外の入浴者はいなかった。湯による蒸気で小屋中に靄がかかり薄暗い裸電球の灯りと相まって少し幻想的な雰囲気を醸し出している。
健二はさっさと服を脱ぐと体を湯で洗い流してから湯船に入った。お湯の温度はちょうど四十度くらいで心地良かった。
健二は前夜七時間は睡眠を取った筈だったがあまりの心地良さに目を瞑ってぼうっとしているといつしか眠りに入って行った。
「はっ」
十数分、いや二十分間は経ったかも知れない。健二はようやく目が覚めた。
そして少しびくっとする。いつの間にか同じ湯船の五メートル程離れた湯気の向こうで何者かが浸かっていた。どうやら健二が寝ている間に入って来たようだ。良く見ると坊主頭の五十代くらいの年配の男性だった。
…僧侶かな?
健二は思った。更に健二が注視するとその男性は目鼻立ちが整い何処かしら知性を感じられた。若い時は結構なイケメンだったかも知れない。健二が男の方を見るとにっこりとほほ笑んでくる。
「こんにちは」
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