―第六話―

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陵安「父上っ!どうして怒らないんですかっ?!」 男は着物の裾についた泥をはらいながら立ち上がり、ゆっくりとした口調でこういった。 康長「いいんだよ。怒るほどじゃない。怒る暇なんて、俺にはないよ。」 父は地面に落ちた薬草袋を拾い、 康長「さぁ、帰ろう。母さんが待ってるよ。」 陵安「……はい。」 僕の手をとって再び歩き出した。 父の名は北崎康長。町の隅のボロい家で医者をしていました。 腕は確かだった。でも、誰も彼を使わなかった。 陵安「父上、僕は許せません。」 康長「何がだい?」 陵安「だって、父上はすごいお医者様なんでしょ?どんな病気だって治せるのに、どうして嫌われないといけないんですかっ?」 小石を蹴飛ばしながら僕は父に言った。 康長「ハハハ…でも、医者だって人間だ。俺一人だけがちやほやされるわけにはいかないだろ?」 陵安「ちやほや?」 康長「誉められるってこと。」 父は目線を僕に落とし、こう続けた。 康長「いいか、陵。人間、どうしても嫌なことがあったり、辛いことがあったりする。そういうときはな、『ありがとう』って言いなさい。」 陵安「どうして?」 父は笑顔で言った。 康長「そういうと、自分の中の嫌な気持ちがなくなるんだ。それで、スッキリする。」 陵安「…そんなもんですか?」 康長「あぁ、人間なんて、そんな生き物だ。」 父はまっすぐだった。 まるで、すべてを知っているみたいになんでも教えてくれた。 そんな父が、僕は大好きだった。 康長「さあ、母さんにこれ、持っていってあげなさい。」 陵安「はいっ!」 父の手から薬草袋を受け取って駆け出した。
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