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「鈴斗も嫌がってるし、やめてあげたら?」
だが。
予想に反して、相当予想に反して、狐耳の少女はそう言った。
「鈴斗はきっと、押してダメなタイプなんだよ。そういう時は引かなきゃ。昔の偉い人も言ってたし」
ぐいっと、四人の背中を押して、一階に降りるよう促す。
その際、俺をちらっと見て――まるで貸し一つねとでも言うかのように――ウインクをしてみせたのであった。
その日は早めに寝た。具体的には午後九時。元気盛りな高校生にとっては、時間を持て余している感がするかもしれない。
だが、無論それには理由があった。
何の為に早く寝るかと言えば、非常に単純な話で、早く起きる為である。具体的には午後二時。草木も眠る丑三つ時の入り。
何の為に早く起きたか。それは夜這いをかける為――などでは勿論なく、まあ、ちょっとした肝試しである。
用意は周到に、札数十枚と叢雲。
ちょっとしたリアルファイトを伴う肝試しである。
何故この時間帯なのかという質問には、複数の回答が存在する。
一番ではない理由に、俺のイメージとその性質上の問題。
一番の理由は。そんなもの、決まっている。こんな物騒な物を、人が徘徊している時間に振り回せる訳がない。
何の言い訳の余地もなく、警察のお兄さんの方々のお世話になってしまう。そんな情けない話は勘弁だ。
――さて、と。
そうして不可視の力に引かれるようにやってきた場所は。
「なあ、居るんだろう、鴉天狗――いや」
「沢渡先生と言った方がいいか?」
――見慣れた、舞咲学園だった。
「あら、いつ気付いたのかしら?」
校舎から悠然と現れた先生は問うた。
「最初から怪しいと思ってたんだ。妙に妖臭いってな」
「あの目配せはミステイクだったって訳ね」
無論、確信に変わったのは肝試しの時だけども。
「そうなるな。ところで、その身体でいいのか?慣れないだろう」
「そうね」
――そうさせてもらおうか。
突如、鴉天狗を中心にして暴風が吹き荒れる。
草木がざわめき、砂が舞い上がる。
嵐従えし百妖の王たる真髄がそこにあった。
『空は飛ばなくていいのか、人の子よ』
生憎と。
「そんな必要はないね!」
言って広大なグラウンドの地面を踏み抜く。
土塊(つちくれ)ノ型三式『土遁隆衝』。
本来は、数メートルから数十メートルの土の柱を隆起させる対空攻撃用術式。
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