「いやいやいやさすがに誤魔化されないって!」
『噛んだだけ』
「嘘仰い!」
『噛んだだけ』
「お前どれだけしらばっくれ」
『噛んだだけ』
「おま、遮」
『噛んだだけ』
「何か言わ」
『噛んだだけ』
……もうそれでいいです……。
うん、まあ、気を取り直して着陸。憑依を解いて、黒枝と並んで敷地内を歩く。堂々と不法侵入を犯してる訳だが、その辺はなんとかなるだろう。
何年振りかに来たものだから、あまり地形を把握していない。まあ適当に“気”が充満してるところを目指せばいい筈。
ザックザックと、音を立てながら悠長に散策。のんびりなどしてはいられないのだが、どこに行けばいいか分からない以上、変に慌てる意味はない。
「ふーん、こんな感じなの――」
ヒュン、と遠くで風を切る音。数瞬遅れて飛来した何かを直接手で掴む。
矢だ。鏃には、銘が施されている。こんな消耗品に普通は銘など刻まない。これは間違いなく文字通りの破魔矢。そして、こんな視界の悪い中、寸分違わず心の臓を狙ってくる技量を持つ者は、それこそ五神家にだってそうそういるものじゃない。
「どうした、助六。久しぶりだな」
遥か後方に向けて、そう言った。
「さすが鈴斗様、これしきの事は朝飯前というわけですか」
影からすうっと現れるようにその存在が認知される。声も随分遠くからのものだ。
「真夜中だがな。じゃなくて、俺に矢を向けるとはどういう了見だ?神楽坂に今何が起きている」
「いくら五神家の第二位とはいえ、部外者である鈴斗様にお教えするわけには参りません。どうかこのままお引き取りなさってください」
「お引き取りなさらない場合は?」
「やむを得ませんが」
「お前に俺を止められると?」
助六ならやりかねない。神楽坂に忠実なこの番犬は、ご主人様の命令に絶対服従なのだから。
「自分の命と引き換えになら、或いは」
ほら来た、こういう事だ。
「あっそ、じゃあ死ね――と言いたいところだが、生憎無駄な時間を貪ってる暇はないんでな、率直に言わせてもらう。姫香の事だ、ここを通せ」
「……っ、姫香様に何が」
助六の顔が揺れる。齢二十とそこそこの端正な顔立ちが、動揺の色に染まる。
「お前に説明してる義理も時間もない。姫奈さんに会わせろ。盗み聴きくらいなら許してやる」
「……御意に。ただし、奥様に万が一の事があれば、ただではおきませぬ。努々忘るる事のなきよう」
最初のコメントを投稿しよう!