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「はぁ……ま、待って……。待ってよ……。寧々……樹々……」
肩で息をしながらその人物は今、ようやく薄野を抜けた。
夕日に照らされる一人の少女の姿。
掴もうとしても掴み損ねてしまいそうな、さらさらとした長い黒髪。そして疲れを隠しきれない双眸の奥には、優しげな朱い光が宿る。
凛、と整った顔立ちだが、その頬は蒸気していて温かみを含んでいる。
微笑まれただけで、疲れがふっとぶようなそんな柔らかい、包みこまれるような雰囲気を彼女は纏っていた。
その両手と背中には、たっぷりと、まだ若い芽ばかりが入った籠が、抱えられ――背負われている。
「待ってって……言ってるのに……」
苦しそうに不平を訴えた少女は、限界なのだろうその場に立ち止まってしまった。
その姿に、前を走っていた二人組はあきれたような顔を浮かべ、振り返って声をかける。
「天朱(てんしゅ)が遅いのがいけないんじゃろー!」
「遅い奴を待っていたら、いつまでたっても城に帰れないからのー!」
呆れよりもからかいの気持ちが多いようで、二人の表情は嬉しそうなものに変わっていた。
その言葉に天朱はむっと眉を顰め抗議の声をあげる。
「そ、それは……しかたないでしょ……。私が荷物持ってるから……」
「それはどうかのう?」
寧々が天朱の言葉をさえぎった。その表情はしてやったり、というようなものである。
「天朱が一度でも我らにかなうことなどあったかいのー? のう、樹々」
その言葉に、同じ顔で樹々が同意した。
「そうじゃそうじゃ。まー偉大なる母様の側近である我らに勝てないのは当たり前として、他の妖怪や半妖にもかけっこで勝ったことはあったかのー? のう、寧々」
うっ、と言葉を漏らして、天朱の表情が曇った。その顔をまじまじと嬉しそうに見ながら寧々がさらに続ける。
「荷物運びでも天朱はいっつも運ぶ量が少ないしのう。他の仕事をさせても、すぐへばるしのう」
「そうじゃな。それに、特に勉学ができるというわけでも……」
ないしのう、と続けようと思った言葉を樹々は飲み込んだ。
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