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自転車のスタンドを立て、前籠から買い物袋を引き出そうとした
中村亜希子は、その手をふと止めた。
家の中で電話が鳴っている。
亜希子はポリエチレンの買い物袋を横に押し退け、
籠の底に沈んでいたトートバッグを鷲掴みにした。
買い物袋の中の大根が横に出っ張っていてなかなか目的を達せず、
もたもたするうちにベルがなり止んでしまった。
「留守電にしてたよね?」
亜希子は手の動きを止めて遠くの方をぼんやりと見つめた。
隣家の木の枝に小さな鳥が一羽とまっていて、
まだ堅く閉じている薄桃色の蕾をついばんでいる。
うぐいす色をしているのでうぐいすなのだろうか。
しかし桜にうぐいすとはピンとこない取り合わせだ。
「こんにちはー」
とりとめのないことを考えていると通りの方から声がかかった。
西武ライオンズの野球帽を後ろ前にかぶった少年が会釈している。
「あら、祐輔くん。今から○○セミナー?」
さっきの独り言を聞かれてしまったかしらと、亜希子は取り繕うような笑顔を少年に投げ掛けた。
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