2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
※ ※ ※
「私は以前川だった。……それほど大きくも無かったが、小さくも無かった。清らかな水を山々から運び、海へと流した。私は人間がやってくる前から土地を潤し、土地に恵みを与えていた。沢山の生物が住み、それはそれは美しい世界だった」
――川だったということは、水神の類か?、とハーディスは考えたが、何も言わなかった。
多分そんな気がしたから。
神の類は嫉妬深い。
オルクスもその特徴に洩れなく当てはまる。
「だが、もうそれは終わった。私は人間によって嬲り殺された」
オルクスは言葉とは反対に、妖しくニヤリと笑う。
彼の憎しみは想像に絶するが、川があった場所が今どうなっているかはハーディスは大体予想がついた。
彼が生まれ変わって、真っ先に向かった先が其処なのだろうから。
「ハーディス、君にはわからないだろう。身体が蝕われていく感触を、私から生命が消えてゆく恐怖を。何も出来ない自分の無力さを。ただ――」
清らかな髪が揺れる。
「私の中には唄があった。どんな唄だったかもう思い出せない。どうして唄が存在していたのかも分からない。しかしその美しい唄が気になるのだ」
「その唄を取り戻す為に、死神になった、と」
「ご名答。よくできました。人間が私からその唄を奪った。だから私にはそれを取り返す権利がある」
「しかし、もう戻らないと思う」
ハーディスはオルクスを見る。ハーディスの声にオルクスは少し顔を傾けた。
「……知っているさ。もう戻れないからね」
ハーディスはオルクスの眼の冷たさを知った。
もう戻らないと気付いているから。もう戻れないとわかっているから――。
風が木々を揺らし、寂しい音を立てる。悲しい旋律。悲しい唄。
二人は立ちあがり、目的地を目指す。
もう、戻れないあの日。
二人の背中が闇へと溶けて消えた。
最初のコメントを投稿しよう!