時には楽しい唄を

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 ※ ※ ※ 「私は以前川だった。……それほど大きくも無かったが、小さくも無かった。清らかな水を山々から運び、海へと流した。私は人間がやってくる前から土地を潤し、土地に恵みを与えていた。沢山の生物が住み、それはそれは美しい世界だった」 ――川だったということは、水神の類か?、とハーディスは考えたが、何も言わなかった。 多分そんな気がしたから。 神の類は嫉妬深い。 オルクスもその特徴に洩れなく当てはまる。 「だが、もうそれは終わった。私は人間によって嬲り殺された」 オルクスは言葉とは反対に、妖しくニヤリと笑う。 彼の憎しみは想像に絶するが、川があった場所が今どうなっているかはハーディスは大体予想がついた。 彼が生まれ変わって、真っ先に向かった先が其処なのだろうから。 「ハーディス、君にはわからないだろう。身体が蝕われていく感触を、私から生命が消えてゆく恐怖を。何も出来ない自分の無力さを。ただ――」 清らかな髪が揺れる。 「私の中には唄があった。どんな唄だったかもう思い出せない。どうして唄が存在していたのかも分からない。しかしその美しい唄が気になるのだ」 「その唄を取り戻す為に、死神になった、と」 「ご名答。よくできました。人間が私からその唄を奪った。だから私にはそれを取り返す権利がある」 「しかし、もう戻らないと思う」 ハーディスはオルクスを見る。ハーディスの声にオルクスは少し顔を傾けた。 「……知っているさ。もう戻れないからね」 ハーディスはオルクスの眼の冷たさを知った。 もう戻らないと気付いているから。もう戻れないとわかっているから――。 風が木々を揺らし、寂しい音を立てる。悲しい旋律。悲しい唄。 二人は立ちあがり、目的地を目指す。 もう、戻れないあの日。 二人の背中が闇へと溶けて消えた。
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