<第零章>

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人影を見たわけではない。 物音を聞いたわけではない。 しかし美香は、自分の背後に誰かがいるのを感じ取っていた。 冷や汗が首筋を湿らせ、鼓動が早鐘のように鳴る。 美香は自分のアパートヘ走った。 アパートまで百メートルあまり。 幸い今日はヒールを履いていない。 大声を出せば、近所の誰かが来てくれるはずだ。 しかし、こんなに口の中がカラカラで声が出せるのだろうか。 恐怖で強張った口で声を出せるのだろうか。 ともかく走った。 冷や汗は止まらない。 アパートに辿り着いた。 バッグの中を手でまさぐりながら階段を昇る。 二階の奥から三番目が自分の部屋だ。 震える手でカギを取り出す。 荒い息でカギを差し込む。 ドアの隙間から部屋に入る。 ドアを固く閉ざす。 カギを閉めチェーンをかける。 そして…
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