第一話 春のイタズラ

4/11
前へ
/51ページ
次へ
   ちら、と隣を一瞥してから前方に視線を戻すと、ぶっきらぼうに答える。 「……別に、礼を言われることじゃない。これを持っていくついでだ」  持っていたパイプ椅子に視線を投げると、 「それでも、ありがとうございます」  再び返ってきたきた礼の言葉に、思わず少女の顔を見てしまった。  今まで寄ってきた女達とは違う、媚を売るでもない彼女の純粋な笑顔が視界に入る。 「私、1年B組の朝比奈小雪です。先輩の名前、教えてもらえますか?」 「……3-A、青葉竜斗」  だから、気付いたらそう名乗っていた。  いつもなら適当に受け流していたのに、今回は何故か出来なかった。 「青葉先輩ですね。今度、お礼しに行きます!」 「いや……別に――」 「あ、良かったぁ……間に合った。ありがとうございます、先輩! じゃあ……また今度!」 「お、おい!」  式の時間が近いのだろう。ぞろぞろと新入生とその保護者が体育館の中に入っていく。  当然小雪も遅れないよう駆け足でそこに向かう。途中で振り向くと此方に大きく手を振り、その波にのって体育館へと消えていった。 (……何だったんだ、今の)  一方的に捲し立てられ、口を挟む隙もなかった。  竜斗は暫く、放心したまま小雪が消えていった人の波を見つめていた。  
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加