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ちら、と隣を一瞥してから前方に視線を戻すと、ぶっきらぼうに答える。
「……別に、礼を言われることじゃない。これを持っていくついでだ」
持っていたパイプ椅子に視線を投げると、
「それでも、ありがとうございます」
再び返ってきたきた礼の言葉に、思わず少女の顔を見てしまった。
今まで寄ってきた女達とは違う、媚を売るでもない彼女の純粋な笑顔が視界に入る。
「私、1年B組の朝比奈小雪です。先輩の名前、教えてもらえますか?」
「……3-A、青葉竜斗」
だから、気付いたらそう名乗っていた。
いつもなら適当に受け流していたのに、今回は何故か出来なかった。
「青葉先輩ですね。今度、お礼しに行きます!」
「いや……別に――」
「あ、良かったぁ……間に合った。ありがとうございます、先輩! じゃあ……また今度!」
「お、おい!」
式の時間が近いのだろう。ぞろぞろと新入生とその保護者が体育館の中に入っていく。
当然小雪も遅れないよう駆け足でそこに向かう。途中で振り向くと此方に大きく手を振り、その波にのって体育館へと消えていった。
(……何だったんだ、今の)
一方的に捲し立てられ、口を挟む隙もなかった。
竜斗は暫く、放心したまま小雪が消えていった人の波を見つめていた。
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