落とされ-序-

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――家についたのは、お屋敷を追い出されてから三十分後だった。一日かいた汗を風呂で洗い流す。今日一日で、俺の持つ希望なんてものは、あらかた汗といっしょに流れ出てしまったに違いない。  水が渦を巻いて排水溝に流されていく様を見ていると、俺自身も飲み込まれてしまいそうだった。 いつもなら至福の一時であろう風呂も、今の俺にとっては、一日を過ごす過程の一つに成り下がっている。  風呂を上がっても、世界が変わっている訳ではなかった。帰ってきた母親が、キッチンで料理を作っている。リビングでは、テレビがつけっぱなしになっていた。  テレビの前のソファに座り込む。座り心地は最高だ。いつもの俺なら、ここで上等な例えの一つや二つはしてやるものの、 今はそんな気力もなかった。  テレビのニュース番組では、どうでもいい地方のお祭りの話や、自分の地位を守ろうとするだけの政治家、可愛いお天気お姉さんの天気予報、その間を置くCMが、永遠と流れている。 しかし、その有象無象のニュースたちは、俺の頭に入って来る事はなかった。全て、くまなく見た所で俺が助かるわけじゃない。 対抗手段の無い事へ絶望し、ただ死を待つのもありかな、と半ば開き直っていた時だった。いきなり、 ボリュームをあげたのではないかと思うぐらい、そのニュースだけが、俺の頭に無理矢理流れ込んできた。 「本日未明、秋田県F市にお住まいの、三次 英明さん(38)が三日前から行方不明になっていることが、親族の方の警察への通報で、明らかになりました。親族のお話によると、『すぐ帰って来る』と、言い残し家を出たきり帰ってこず、連絡も取れないとのことです。警察は、事件の可能性もあると見て、捜索を続けるとのことです。では、次のニュースです……」 ……? 全く知らない人物だ。秋田なんて、生まれも育ちも神奈川っ子の俺にとっては、いったこともない場所だぞ。 なにか、嫌な予感がした。 なにせ今日の俺は、とことん運が悪い。今のニュースでさえ、俺を巻き込むのではないか、と心配になる。 ……きっと大丈夫だ。 そう思っていないとやってられない。 今日は、飯を食って、接続できるのならチャットをして、そして寝よう。 それぐらいの贅沢は、許してくれよ。神様。
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