昭和四十五年八月

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まず脚に驚いた。 座敷に無造作に横たわってる一本だけの脚に、一つ一つの筋肉がせめぎあいながら息づいている。 「樹齢何百年の幹」。 そう連想させるのに十分な頑丈さと迫力を兼ね備えている。 右足か左足かわからない。 足の指のどれもが均一に大きいのだ。 「やぁどうも」 脚の主が声を出した。 しわがれてはいるが、深くて穏やかな声である。 「お客さんの前で足ぃ投げ出すのは失礼だけんど、おらぁ正座ぁできなくてよ。」 これが「案山子」を営んでいる鳥居覚兵衛さんとの出会いである。
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