0人が本棚に入れています
本棚に追加
買い物袋を持つ右腕を軽く小突く。
「嘘付け。忘れてたやろ」
「いいや、嘘やない。お前のことなら何でも分かるわ」
「なんや」
「お前の初恋相手の名前かて、たっくんは覚えとるぞ」
「ほな、言うてみい」
たっくんはうーんと唸ると、満面の笑みを浮かべ言った。
「さちこや」
誰や、それ。
「あ、違ごたわ。これ、たっくんの初恋相手や」
再び右腕を小突く。
すると、たっくんは痛いと言って、笑った。
たっくんはひどく物覚えが悪い。ぼくの誕生日はおろか、自分がいつ生まれて、何年生きていたかもあやふやだ。以前「何でたっくんは物覚え悪いん」と訊いたことがあった。すると、えらく楽しそうに「だって、今が楽しけりゃええんやもん。せやから、小難しいこと覚えんでもいい」と言った。
自分の生年月日は小難しくはないと思ったりもしたが、なるほど、たっくんらしい回答だった。
ぼくが、うんうんと頷いていると、今度はたっくんが尋ねた。
「ところで、お前の誕生日って、いつなん?」
おい。
詰まるところ、たっくんはバカで適当なのだ。
ぼくらは仲のいい兄弟だった。
おかずは半分こするし、コミュニケーションの一環として二人で風呂にも入る(さすがに、これは卒業したい)。
でも、時々、本当に時々どうでもいいことでケンカをしたりもする。
それは、たっくんの足の臭さだったり、トイレの長時間独占だったり、リモコンの取り合いだったり。
今日は三番目だ。
最初のコメントを投稿しよう!