憧れの人

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      * * *  数ヶ月前、美月は募集要項を携えてこのビルの前にいた。母に送ってもらいはしたが、中には一人で入ると決めていた。  今と同じように、母は外で待っていてくれた。 『エブリスタ48 二期生募集 応募者は三階までお越しください』  入口に掲げられた案内板を頼りに階段を昇る。すれ違う大人たちに、気後れしながらお辞儀を返し、なんとか三階まで上がった。  そこで、すうっと勇気が引いてしまった。  目の前には閉じられた無機質な扉。  案内の矢印はその先へと誘っている。  勢いだけでここまで上がってきた。けれど、ここに自分がいるのが、とても場違いに思えた。  すれ違ったのは皆、忙しそうな大人たち。十二歳の子どもの来る場所ではない。  このまま帰ってしまおうか。大丈夫。まだ応募用紙は手の中だし。  そう思って振り返ろうとしたとき。 「おや? アイドル候補かい?」  大きな声が肩越しに聞こえ、美月は比喩ではなく飛び上がった。  恐る恐る振り返る。大きな男性が、ちょうど階段への道を塞ぐように立っている。  ばくばくと音を立てる心臓。喉に張り付いたように言葉が出てこない。 「おお。すまんすまん。びっくりさせちゃったか」  男性はしゃがんで美月に目を合わせてきた。  後ろから上がってきたスタッフさんの邪魔になっても気にしない。メガネと鼻の下のちょび髭が、ストンと目の前に下りてくる。  ツンツンと立った短めの髪、がっしりした体格。細身の美月の父親とは全然違う。  ただ一つ同じだったのは。  メガネの奥から美月を覗き込む瞳。  ちょっと小さめのそれは、いたずらっ子のように細められ、目尻にシワがきゅっと寄っていた。  優しく、美月の言葉を待っている。  そう、感じた。
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