零.神隠しの話

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零.神隠しの話

    逃げるように早足で歩いても、湿気が体に纏わりついてくる不愉快な6月。 汗が噴き出る程の温度は無く、かと言って暑くない訳ではない気温に脳髄が疼き、気が狂いそうになる。 空はどんより曇っていて、鼻腔の奥に感じる香りに(ああ。そろそろ雨が降る。)とぼんやりと考えた矢先にぽつり…と、雫が空から落ちてきた。 傘をさしたいのは山々だが、肝心の傘が無い。 正確には盗まれたと考えるべきか、ありふれたビニール傘ゆえに間違えて持って行かれたと考えるべきか……… 本降りになる前に走り出せば、被害は最小限に食い止められるかもしれない。 思い切って走ってみようと左脚を前に出すと、チリーン…と澄んだ音が背後からした。 聞き覚えのある音に振り返ると、血の気が引くとはこの事か。と、妙に納得する感覚が全身を駆け巡る。 「……厄日だ。今日は絶対に厄日だ。」 御利益や効果などは正直分からないながらも、“御守り”が前触れも無く落ちる。 本気なのだか冗談なのか、あるいは半々なのか子を持たぬ身としては親心なるものが分からないが、親が今年の正月に買ってきた学業成就なる御守り。 たかだか500円。されど500円。 地面に落ちた御守りの、なんと異様な雰囲気よ……… 拾うべきか、拾わざるべきか悩んだあげく、ゴクリと唾を飲み込んでから恐る恐る手に取ってみる。    
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