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壱.化猫の話
……神隠し。
そんなモノ、非現実的だ。これは夢。まやかし。きっと、俺はこの気怠げな暑さで頭がヤられたんだ。
……病院に行かないと。
その為には一度家に帰らないと。
「………少年、何処に行くつもりだ?」
「家。…俺、家に帰らないと。」
頭の中がぐるぐるしだした。
言葉にしがたい何かが、脳のあっちこっちを暴れる様に這い回る感覚がする。
怒りなのか、悲しみなのか、それすらも分からない状況で走り出す。
家に帰らなければ。家に。
先程迄あんなにも甘かった頬を伝う水が、今では何故かしょっぱく感じる。
自分が泣いている事に気が付くのに、少し時間がかかった。
何故、涙が?………分からない。ただ、今は家に帰るべきだと思った。
「…困ったなぁ。本当に困った。私は此処から出られないからなぁ。………でも、まぁ、自分の状況がよく理解出来るでしょう。………嗚呼。腹が減った。人の子を食べたら、暫くは満腹で居られるのだけれど…………」
空高く舞い上がった蛇の目傘は、しばらくの間、雨風に弄ばれた後に地に落ちた。
白い男は雨に濡れ、顔にはり付く髪を耳にかけ直すと蛇の目傘を拾い上げる。
ゆっくりと瞬きを数度繰り返した後、紫陽花の群生の中に帰って行った。
「………封印が解けている事、知られたくないですしねぇ。まぁ、私達の事なんて…みんな、みんな、忘れている事でしょうけど…。」
男の姿が見えなくなると、鳥居が陽炎の様に揺らめきだし、一瞬にして霧のように周囲に飛散した。
……ぽつり、ぽつり。
天から降る水が地面に小さな染みを作り出す。
やがて、染みなのか元々そんな色だったのか判別がつかなくなる頃には、霧も雨水に飲み込まれ姿を消した。
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