壱.化猫の話

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    頬が冷たい。体も冷たい。……夏至なんて位だから、暑い筈なのに今は寒い。 本降りの雨の中、傘もささずに走れば流石に全身が濡れる。 湿気は湿気で不愉快だが、水を吸ってゴワゴワとした肌触りになった制服の不快さと言ったら…… おまけに熱を吸収するから、走っても走っても寒いままだ。 前髪が顔にはり付いて視界が悪い。邪魔くさそうに前を掻きわけると違和感を感じた。 「……………?」 理由は分からない。でも、何かがおかしい。 肩に掛けている鞄に手を突っ込み、家の鍵を引きずり出す。 「……………ぁ…。」 家の前に着いた時、嫌な予感がした。 心に黒い淀みが出来る。 まだ淀みの水面は穏やかだ。 門を開き、門を締め、数歩程歩いて扉の前に立つ。 脈が速くなったのが自分でも分かった。 恐る恐る鍵穴に鍵を挿し込む。 ………ガチンッ。 黒い淀みが揺らめき、徐々に荒れだす。 ………カチリ、カチッ。 鍵を回すだけで心臓が爆発して死にそうだ。 ドアノブに手をおいて扉を開ける。 自分の家の筈なのに、どうしてこんなにも怖いのか… 「……た、ただいまー。」 唾を飲み込みながら、ゆっくりと家の中に入った。 別にこれと言って普段と変わりは無い。 でも、心の淀みは増すばかりで……… …………チリーン…。 「………ぁ…。」 鈴の音に気が付き、御守りの存在を思い出した。 がむしゃらだったから強く握ったままで、更に水を吸って歪に変形している。 …………チリーン…。 揺すってもいないのに鈴が鳴った。 ……あれ? 首を傾げると廊下の奥からダダダダダダダダダダッ…!っと勢いよく此方に向かって走ってくる音がした。 音の正体は分かっている。いい歳こいて流行に過敏と言うか、流行馬鹿な母親が去年買ってきた小さな犬だ。 うちには既に俺が生まれる前から飼っている猫が居るって言うのに、チワワやらダックスやらトイプードルやら、とにかく小型犬が欲しいと言い出したのだ。 既に居た猫は老猫なので1日の半分以上を寝て過ごしている。 それを良い事に犬の方は我が物顔で家の中で好き勝手に生きている。 べつに犬が嫌いってわけではないが、あまりにも天真爛漫なのでそろそろちゃんとした躾をするべきと父親と考えていた頃だ。  
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